泣きごとを、綴りかけては何度も消した。
悲しみ続けていても、リォンリは帰らない。
大泣きして、寂しいと叫んでもリォンリは喜ばない。
リォンリが居ない。という事が不思議でならない。
いつもみたく、
「リォンリ」
と呼んでみるけれど居ない。
そうか、居ないんだな。とは思うものの、やっぱり不思議でならない。
いつも座っていたソファーに手を置いてみる。
腰かけてまた名前を呼んでみたりする。
来ないな。
居ないんだ…。
日付が17日に変わった1時間半後にリォンリが旅立ってから、18日の朝10時、荼毘に付すまで片時も離れずに過ごしました。
今にも動きだしそうなリォンリ。
よく頑張ったね。と、沢山撫でて、リォンリの匂いを体いっぱいに吸い込み、くっついて過ごしました。
18日朝10時から葬儀。
リォンリ、お疲れ様。
苦しくて痛くて辛かった中、本当によく頑張ったね。
短い間だったけど、あなたと過ごせた日々、
とても幸せでした。
リォンリ、カァサンの子でいてくれてありがとう。
結婚前、まだ実家にいた頃、リォンリとよく歩いた散歩道の途中にあるお寺敷地内での火葬です。
ブビティンと同じ所で。
秋晴れのいいお天気。
リォンリ、お散歩したいね。
この場所をリォンリと歩きながら、愛する者を亡くし涙する多くの飼い主さん達を見てきたね。
こんなにも早く、私達の番が来るなんてね。
火葬後、収骨しながら係りの方に、
「頑張ったなどというレベルの遺骨じゃないですね。」
と言われる。
きつい薬の副作用で、内臓のほとんどが肥大していたため、遺骨のお腹部分が真っ黒だった。
左脳には、障害の起きていた形跡があり、もしかするとその部分が死へ繋がったのかも知れない。
葬儀のあと、遺骨を家へ連れ帰り、小さな祭壇を作る。
沢山のお花ありがとうございました。
リォンリ、すごく喜んでると思います。
私もとても嬉しかったです。
家にいるのが辛くて、小さくなったリォンリを連れて、
隣の県の、海の見える宿に一泊。
リォンリの大好きな海だよ。
ここも何度か一緒に訪れたね。
ブビティンが亡くなったのをきっかけに読んだ本を、再度読み返す。
とても、素敵な内容になっています。
前向きにならざるを得ないような、私にとっては今一番響く本。
この中の一文に、
「人は長生きばかりを求めますが、短期間で目的を達することができれば、たとえ1歳であろうと2歳であろうと、そのエネルギー体(魂)は肉体から離れてしまうのです。」
とあります。
リォンリは、目的を達成したんだね。
もう来世へのプログラムを組み始めているのかな。
私の全てだったリォンリ。
私が全てだったリォンリ。
小さい頃からいつも側にはワンコが居たけれど、初めて自分だけの意志で一緒に暮らすと決めて迎えた特別なリォンリ。
ねぇ、リォンリ。
すぐにとは思えないけれど、私またきっとキャバリアと暮らすと思う。
あなたが教えてくれた全ての事を、また繋いでいきたいから。
リォンリ、また会おう。
きっと、必ず、また会おうね。
沢山のコメント・メール、ありがとうございました。
時間はたっぷりありますので、少しづつお返事書かせて下さいね。
感謝を込めて…。